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1. ワークショップの目的 「健康」とは「ブーム」などではない。今年5月より施行された健康増進法が 規定しているように、それにはもはや明確な「国民の責務」として法的スキ ームが与えられている。科学的に正しいヘルスリテラシーが「国民」たちに 求められ、それは、世界市場での現代的常套句「ひとりひとりが自己責任 を負う」ことの典型例ともなっている。なぜこれほどまでに「国民」は健康に 責任を負い、それを目的とせねばならないのか。その理由はけっして「今 現在の不健康」などではない。健康というキーワードは、ビジネスと利益と コスト意識を生む。背後には明確な経済原理が働いており、ナショナリズム や国家・政治原理ともからみながらの議論が要請されることは、他の科学 技術と同様である。もちろんこれらのことは、私たちの身体観にも重大な 変更を迫るものであり、したがって知覚や認知に関するより根源的問いか けを内包してもいる。 また、「健康の科学」というテーマは、広く近代とポスト近代とにまたがって もいる。つまり一方で、このテーマには、近代の経済原理だけでは捉えら れない、食文化や生活習慣のグローバル化、リスク社会の新展開といった この時代の要請がある。しかし、「健康の責務」を負い、機能性飲料を購入 し肥満に怯える民を、飢えや渇きや栄養失調、爆撃にさらされる民の存在 が支えていることも、もう片方の重要な事実である。 すでに「健康」は、自然科学か人文・社会科学かを問わず、多角的に論じ られてきている。その価値を疑わない議論もあれば、これを言説としてその 構築性に着目した議論、また健康概念の歴史的展開についての議論など 様々である。当然のことながら、そこでは論ずる者の立場が鋭く問われる。 しかしここでも、それぞれの立場を捨てることなくそれらを交錯させながら、 しかし広い視点からの議論が必要である。 今、広く科学技術論の文脈で「健康」を議論することの利点は、他の科学 技術と比べることで、健康の科学が持つ次のような特徴が浮かび上がって くることにある。つまり、1誰にとっても日常である生活習慣そのものを対象 とすると同時に、それを啓蒙する意図を明確にもつ科学であること。2従っ て、それに対する人びとの関心が高いこと。3そのため、マスメディアから の情報も膨大であること。4生産活動よりも、特に人びとの消費行動と連動 していること。5市場経済と密接に結びついていること。6「すべての国民」 すなわち万人に関連する科学である、とすでに位置づけられていること。 すわなち、健康の科学においては、専門家の科学観と非専門家の科学観と が密接にリンクし、しかもそのリンクを自己管理へと連動させて、「ヘルスリ テラシー」の名の下に非専門家を啓蒙しようという動きが顕著なのだ。した がって、このワークショップは先の第30回ワークショップ「専門家/非専門家 図式の再検討」と連携している。「ガン抑制遺伝子とガン遺伝子とで説明され る遺伝病」、魚のコゲを食べるとガンになる、そして「魚に多く含まれるドコサ ヘキサエン酸とエイコサペンタエン酸が、ガンの増殖を抑制する」……この ような知の共有と混在と頻発を検討することで、硬直した専門家/非専門家 図式(論)の突破口を見出せないだろうか? 2. ワークショップの時間割 9:45-10:00 ワークショップ趣旨説明 10:00-11:15 話題提供1 (討議25分を含む・以下同) 柄本三代子(法政大学・社会学) 「身体の標準化と機能性食品」 日本社会における健康への関心の高さは購買力が支えている。そして、飢えを 知らない購買力ある消費者たちは、様々な統計資料が用いられることによって 「国民」として構築されると同時に、その身体までも「われわれ」にとって共通に 理解されうるものとして構築されている。また、そもそも国民に対する健康増進 という啓蒙活動の背後にあったのは医療コストの問題であった。 このような「購買力」と「医療コスト」だけでなく、今日の健康への関心を継続さ せることには「企業戦略」も深く関わっている。また、企業戦略と健康増進活動 とマスメディアの結びつきを強力なものにしているのは、栄養成分をはじめとし た科学言説にほかならない。そしてそこには共通に使用されているロジックが ある。それは、ある食品に含まれるある成分があるリスクを解消する、というも のだ。 したがって健康への動機づけの際に、「医食同源」や「養生」をもちだすという 言説戦略もある。しかし、現代における「医薬品と食品の境界溶解現象」や 「健康増進」とは、歴史的に接続しつつも切断されたものとして理解する必要が ある。 「われわれ」のものとして標準化された身体のメンテナンスは、「アミノ酸が脂肪 を燃焼させる」といったように主体化された成分に外部委託されていく。「強く賢 い子に育てる 食と健康大事典」(学研、2003年)によれば、「キレない子にする 献立」で「子どもがキレる」ことを防いでくれるのも、誰であろうカルシウムなの である。 どのようなものをどのようにして食べるかということは、現代の道徳であり倫理 であると同時に身体メンテナンスの外部依存とも深く関わる。 11:15-12:30 話題提供2 佐藤純一(高知医科大学・医療思想史・医療社会学) 「健康の脱健康化 − 管理され治療される<健康>」 「国民は、健康な生活の重要性に対する関心と理解を深め、生涯にわたっ て、自らの健康状態を自覚するとともに、健康の増進に努めなければなら ない。」(健康増進法第2条) この法律では「健康とは何か、どのような状態か」という定義(明示的記 述)は行われていない。この法律に限らず、近年、(近代医学以外の)多く の領域で論じられている「健康の語り」においても、健康の定義に関して は、 多くの場合、あのWHOの健康概念か、または、残余カテゴリーの「病 気のない状態」という定義が使われるか、または、定義なしで「わかって いるもの(自明の実在)」として語りが構成されていると言える。 それら(近代医学以外の)「健康の語り」の多くは、健康を、「医学に よって定義・測定できる実在物」として措定して、初めて理論が成立する 構造にな っていると言えよう。 では、近代医学理論では、「健康」(概念)をどう定義しているか。多く の「健康の語り」が期待する「近代医学理論による確固たる健康概念」は、 存在してないのである。 この話題提供においては、近代医学の「健康」概念(の不在)と「健康の 語り」を検討する作業を紹介し、その作業を通して、最近の「管理され、 治療され、増進されなければならない<健康>」概念(言説)について議論 してみたい。 昼食 13:30-14:45 話題提供3 田中聡(作家) 「近代医学と民間医療」 日本で近代医学が「正統」として制度化されていったとき、漢方医学や各種 民間療法はどのような論理で排除されていったか。そこから、今なおつづく啓蒙家による「迷信退治」の論理を整理してみたい。 また一方で、大正・昭和に普及した健康法や民間療法、また漢方復興運動では、どのような論理で、近代医療への批判が語られたか。そこから、今日のいわゆるオルタナティブ医療の動機や技法が、どのような歴史のなかで育まれてきたかを整理してみたい。そうして近代医学と民間医療との相互の批判内容を、とくに両者の身体観の相違を中心として検討することを通じて、今日の高度に医療化した社会のなかでの身体についての再考につなげたい。民間療法・健康法としては、皇漢医学の復興を唱えた中山忠直、西医学を創始した西勝蔵、整体法を創始した野口晴哉を、中心にとりあげたい。 休憩 15:00-15:30 レスポンス1 金森修 (東京大学・科学技術思想) 15:30-16:00 レスポンス2 鈴木晃仁(慶応義塾大学・医学史) 休憩 16:15-17:30 総合討議 司会 浮ヶ谷幸代(お茶の水女子大学 ジェンダー研究センター) 17:30-18:30 懇親会
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