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1. ワークショップの目的 『通史 日本の科学技術 第6巻 世紀転換期 1995〜2005』の出版を目指す研究プロジェクトの発足に当たり、科学技術の現代史に関心をもつ研究者・実務家の方々に、このプロジェ クトの現時点での基本的な考え方をお伝えし、参加をお誘いすることが、このワークショップの目的です。 このプロジェクトの前身は、科学史家の中山茂をリーダーとして、1980年代半ばから進められてきた「戦後日本科学技術の社会史」プロジェクトであり、その研究成果は『通史 日本の科学技 術』(全5巻、学陽書房、1995〜1999年)として結実しました。それは1945年から1995年までの50年間をカバーしておりますが、今回はその続編として、1995年から2005年までの「世紀転換期」をカバーする予定です。いわば『五十年史』の『続十年史』です。もちろんこの時代の特徴をつかむためには、1995年以前の時代に遡った分析を行うことが必要です。遡るべき期間の長短は、ケース・バイ・ケースで異なります。 私たちは、「世紀転換期」というキーワードを、時間軸を切り取っただけのものとは考えていません。20世紀と21世紀は相当に異なる時代であり、その境目に当たる1990年代から2000年代にかけての時代(あるいはその前後も含めた時代)は、20世紀システムから21世紀システムへの構造転換が行われる時代となるのではないか、という認識をもっています。 その構造転換の本質については、後世の歴史家の分析・評価を待つしかありませんが、私たちにもできることがあります。それは「歴史的転換」についてのリアルな実感を抱きつつ、その参与観察 を進めることです。たとえ私たちの分析・評価の相当部分が、後世からみて本質を外していたとしても、真摯に行われる現代史研究はそれ自体が、歴史の証言として有益なものとなるものと確信いたします。 今回のワークショップでは、先の『五十年史』の編集・執筆に中核的役割を果たした3名が、それぞれの得意分野について、最近10年(ただし必要に応じて1995年以前に遡ります)の間に、 どのような変化が進んでいるかについて分析・評価を加えます。 「トップダウン」式に、世界情勢の変化に関する大風呂敷の分析から説き起こして、最終的に個別分野の情勢分析へと下降するアプローチを、私たちはとりません。むしろ個別分野の情勢変化に関する知識・情報を幅広く共有することを通して、より大きな時代の流れを浮き彫りにするという 「ボトムアップ」方式を、採用したいと思います。 なお、今回と同様の性格のワークショップを、今年度中に全国各地で開催する予定です。東京でも 最低限あと1回開催する予定です。これらのワークショップをふまえて、年度末には方針を固め、 章立てと執筆者のリストを作りたいと考えております。このプロジェクトに関心をお持ちの方は、 誰でもお気軽にご出席ください。 2. ワークショップの時間割 12:45-13:00 趣旨説明 吉岡 斉 13:00-14:00 話題提供1(討議20分を含む・以下同) 吉岡 斉(九州大学) 「世紀転換期における原子力研究開発利用の変容」 日本の原子力研究開発利用は、「育英の時代」から「介護の時代」へと、大き な変化を経験している。それは欧米諸国の流れと共通のものであるが、時期的 には十数年遅れている。1995年はその分水嶺をなす年であった。 「育英の時代」から「介護の時代」への変化は、商業原子力発電及びその関連 事業(核燃料事業を含む)と、研究開発事業の双方について、観察される。また その変化は、数年毎に改定される一連の政府計画(とくに内閣府原子力委員会の 原子力長期計画、経済産業省総合資源エネルギー調査会の長期エネルギー需給 見通し)に、基本的に反映されているただしそれらの政府計画の記述はあたかも 「育英の時代」が続いているかのようなトーンを保持しており、表現と内容の ギャップが日々拡大している。 「介護の時代」の重要課題は、誰が介護費用を負担するかである。それを巡って 最近十年間に、さまざまの出来事があった。最近の重要事件は、2005年5月 の再処理等積立金法の可決成立である。民間事業のそれも含めて、介護費用は国 民負担により支払われるようにし、民間事業者の財務リスクを免除するというの が、実質的な政府方針であるが、その意図の実現可能性は必ずしも高くない。 最後に2点ばかり問題提起してみたい。第1に、「育英」は原子力において果た して成功したのか。過去も「育英という名の介護」だったのではないか。第2に、 原子力は果たして「介護」に値するのか。老人・障害者は介護が不可欠だが、原 子力は違うのではないか。後者の論点は、中央政府と地方自治体の間の政治的協 議で「人質」とされることが多い核施設について、「人質」は果たして救出に値 するのかを問うことと、共通の部分が多い。 14:00-15:00 話題提供2 塚原修一(国立教育政策研究所) 「世紀転換期における高等教育政策の変容」 2005年までの変化を、以下のような流れによって説明したい。(1)18歳人口が減少 するなかで規制緩和が進行した。行政改革とあいまって、高等教育は競争的環境 や評価を重視するニュー・パブリック・マネジメントの対象となっていった。(2) バブル経済の崩壊によって、これまで日本の教育と人材養成を支えていた企業と 家計はその力量を低下させた。労働市場は供給過剰傾向となり、就職難の時代が 到来した。それにともなって大学生は勉強に熱心になり、大学も教育に力をそそ ぐようになった。(3)1990年代の初頭に産業界の研究開発投資は3年連続して減少 した。それを補う意味を込めて公的研究投資が拡大し、その延長線上に科学技術 基本法が成立した。 15:00-16:00 話題提供3 後藤邦夫(桃山学院大学名誉教授) 「世紀転換期における知識産業社会の変容」 「変容」はすでに1970年代に予測され、90年代に顕在化した。しかし、日本で本格 的に意識されるようになったのは1995年以降であろう。それも、トフラーが『第三 の波』で描いたものとは違い、19世紀の初期段階の産業社会に似た荒々しい混乱の 中にある。グローバルには地域間格差、国内的には社会的格差が拡大する一方で、 あるべき安定した未来像は見いだされていない。旧い工業社会で開発された「計画 経済」「福祉国家」「労働者統制」などが魅力を失い、「勝ち組」は疲労困ぱいし てフラストレイションをため込み、「負け組」は「ナショナリズム」か「宗教的原 理主義」に取り込まれてゆく有様である。 科学技術は、この社会を支え、「発展」させる原動力であるが、現在のところ、社 会をより不安定にする方向に機能しているように見える。そこで、「持続可能」で 「格差」の少ない社会の実現という方向を目指す「科学技術のあり方」をさぐるこ とが私たちのテーマになる。 それが、どこまで「科学技術自体の問題」であるか、という疑問は確かに存在する。 しかし、現代の日本では、科学技術は、産業における企業の戦略や国家の政策の主 要な部分を占める。しかも、この10年間に、実効性はまだ見えていないものの、商 法、会社法の改正、科学技術行政機構の改編、国立研究機関と国立大学の独立行政 法人化など、いくつかの重要な選択がなされた。その意味するところを、ショップ フロア・ベースへの目配りを欠かさずに、批判的に明示することも必要である。 私は、第1期4巻完成時の講演(1995大阪)で、「主体」(人材・研究機関・研究開発 システム)と「環境」(開発目標・経済社会・文化)をキィワードとして用い、予測を 試みた。その検証とともに、主として関西学研都市にかかわる中で観察してきた企 業の研究開発活動に関する知見を述べる。主な話題は:先端分野の生産拠点の国内 回帰、高度部品産業の展開、情報システムの変化にともなう企業組織の変革、競争 /連携の不可分性の認識などである。 「国家」と「大学」および「NPO」についても、他の報告者と重複しないかぎりにお いて、時間が許せば知見を述べたい。 休憩 16:20-16:40 レスポンス1 綾部広則(東京大学教養学部) 16:40-17:00 レスポンス2 川野祐二(千里金蘭大学) 17:00-18:30 総合討議 司会 澤田芳郎(京都大学) 18:30-20:00 懇親会
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